ストレスを軽減するための方法の一つは笑うことができる楽しい環境にいることです。笑いは心身の状態をリラックスさせ、笑いのあるコミュニケーションはお互いの幸福感を高めます。笑いは医療現場にも取り入れられていて、医師や看護師などの医療従事者が患者さんとコミュニケーションをとる場面に役立ちます。また笑いは1970年代以降、治療の補完的な介入として適用されてきました。概念実証のための臨床試験では、治療中にコメディ映画や落語、漫才など笑いを誘うユーモアを介入させることで、患者さんの不安や痛みが軽減し、免疫機能が向上することが報告されています。がん患者さんにも同様なプラスの効果が示されていて、療養生活でのストレスに対処法として有用なツールになり得ます。ここでは、笑いが治療にもたらす役割や効果、臨床試験で使用したユーモアを療養生活に取り入れる方法などについて紹介します。
ストレスの対処法としての笑い
笑い・ユーモアは問題に直面したときや否定的な感情を抱いたとき、それらを回避することを可能にする最強な防衛機能の一つとジークムント・フロイトは説明しています。笑いは問題を自分から遠ざけて、俯瞰的に管理するのに効果をもつと考えられています。そのため、ストレスに対処するストレスコーピングの方法として広く認識されています。 人はユーモラスな言葉や動作を見聞きした時、それが自分にとって楽しい、面白いと感じる、いわゆるツボにはまると笑いが自然とこみ上げてきます。笑いのあるコミュニケーションは幸福感を高めます。冗談を言うことで緊張を緩和したり、連帯感をもつためや励ますために場の雰囲気を明るくさせます。
医療現場でも笑いによって患者さんと介護者や家族、医療従事者の間の円滑な繋がりを築くことができます。孤立感を感じさせない心理的ケアやお互いの信頼関係を図るため、笑いやユーモアは有効なツールとして使用されます。そのうえで医療提供者と患者さんはともに治療に対し感情的にも認知機能的にも前向きな気持ちで取り組める可能性をもたらします。
近年は笑い自体を補完療法として取り入れる試みが増えてきました。笑いは非侵襲的な補完/代替療法であるため、笑い療法の使用は急速に広まりました。笑い療法の効果を実証するための臨床試験では、笑いの介入によって不安やうつなどが改善され、免疫機能の活性化やストレスホルモンレベルの低下などが報告されています。
笑いと免疫機能との関係
笑いはストレスを克服するための有用な方法と考えられています。これまでの研究によると不安やうつ病、ストレスなど様々な心理的機能にプラスの効果をもたらすだけではなく、不眠症や痛み、血液循環や肺機能の改善、免疫機能の向上など、生理的機能に役立つ可能性があることが報告されています。
炎症性サイトカイン
例えば免疫機能の向上では、関節リウマチ患者を対象とした日本医科大学の研究では、大笑いした後の患者さんの血清にあるインターロイキン(IL)-6は初期の値と比較して1/2のレベルに下がっていました。IL-6 は炎症性サイトカインの仲間で、炎症が起こると体を守るために産生される重要な因子ですが、長い期間産生され続けると慢性炎症の原因になります。また同じグループの別の研究でも、落語を聞いて笑った後の関節リウマチ患者は血清IL-6レベルの減少と、同じく炎症性サイトカインの仲間のTNF-αレベルが減少しました。
ナチュラルキラー細胞
また、免疫細胞ではナチュラルキラー(NK)細胞活性の上昇が数多く報告されています。例えば米国の試験では健常成人女性33人を対象にユーモラスなビデオを視聴するグループと観光ビデオを視聴するグループに分けたところ、ストレスを軽減しNK細胞活性を改善する可能性があることを報告しています。
がん治療での笑いの効果
ユーモアはがん患者の健康と幸福に影響を与える効果的な介入である可能性があります。笑い療法についてがん患者を対象にいくつかの研究が行われ、笑い療法が生活の質、回復力、免疫力、不安、抑うつ、ストレスに大きなプラスの効果があることが示されています。
笑いプログラムの4つのセッションを受けた31人の乳がん患者と、プログラムなしの対照グループ29人を対象に実施されたランダム化比較試験では、不安、抑うつ、ストレスのスコアは、対照群では変化は検出されませんでしたが、笑いプログラム群では各セッション後に大幅に減少しました。効果は最初のセッションで確認されたことから、補完療法として推奨される可能性があるとしています。
ヨガの一つに笑いヨガというジャンルがあります。笑いヨガはインドの医師マダン・カタリアによって革新されたヨガの一種で、論理的思考に関与することなく心から笑う方法です。笑いヨガは“プラナヤマ”と呼ばれるヨガの呼吸運動を笑いと合わせ名付けられました。化学療法前のがん患者37人を笑いヨガグループと対照グループにランダムに分類して笑いヨガの影響をみたところ、笑いヨガは化学療法前のがん患者のストレスを軽減することに貢献しました。
2017年に大阪国際がんセンターが実施した40〜64歳のがん患者の生活の質(QOL)に対する笑い療法の効果を評価した非盲検ランダム化比較試験では、笑い療法グループ26人は2週間に1回、7週間にわたって笑いヨガ、落語または漫才に参加しました。この研究は当時ニュースなどにも取り上げられましたが、結果、対照グループ30人と比較し短期間に有意に認知機能に優れ、痛みが少ないことを示しました。
また、化学療法を受けた胃癌あるいは結腸直腸がん患者を対象とした土浦協同病院で実施した試験では、スマイルサン法という笑い療法の介入により、特に結腸直腸がんの患者で免疫力の増加を示しまし、笑い療法を受けなかった患者グループの免疫力は低下を示しました。
笑いによる神経系への影響
笑いは血中に存在するストレスを生み出すホルモンを減らすことで、ストレスの影響を取り除きます。具体的にはストレスホルモンの一種である体内のコルチゾールを低下させます。コルチゾールはストレスにより副腎皮質から分泌が亢進されるとエネルギー温存のため免疫機能を一時的に抑制させますが、ストレスが継続すると免疫の低下を誘発してしまいます。以下の例はがん患者さんを対象とした試験ではありませんが、笑いによる神経系への影響が報告されています。
コルチゾール
笑いやストレスを誘発する30分の映画2本を視聴した健常人18人に対し動脈硬化や血行動態を評価したギリシャで行われた試験では、笑いでは脈波伝播速度の減少が認められたほかに、コルチゾールレベルの減少も見られました。
全身性エリテマトーデス(SLE)の女性患者58人に対しコメディを120分見るグループまたはドキュメンタリーを120分見るグループをランダムに1:1で割り当てた試験では、ドキュメンタリーを見たグループと比較してコメディを見た後のグループはコルチゾールレベルが低い傾向が見られました。
2~14歳の小児入院患者306人を対象にユーモア療法のトレーニングを受けたアーティストがピエロやストーリーテリング、演劇、ダンス、人形劇、音楽等による笑いの介入を実施した試験でも、小児患者のコルチゾールレベルの低下が示されました。
このような笑いの介入によるコルチゾールの低下は笑いヨガの介入においても報告されています。 藤田保健衛生大学での健康な大学生120人を笑いヨガグループとコメディ映画視聴グループ、読書グループに割り当てたランダム化比較試験では、唾液コルチゾールレベルについて介入の直前、直後、および30分後に測定したところ、笑いヨガとコメディ映画グループで時間とともに大幅に減少しました。
また、健康な成人に対し月1回45分、6か月間の笑いヨガセッションを実施した山口大学によるパイロット研究でも、4回目のセッション後にコルチゾールの値が低下しました。
笑いはコルチゾール以外にもβ-エンドルフィンや成長ホルモンなどの分泌にも影響を与えます。
β-エンドルフィン
β-エンドルフィンは笑うことで脳下垂体から分泌されます。β-エンドルフィンは、血管内皮細胞にあるμ3オピオイド受容体を活性化し、一酸化窒素(NO)を産生させることで血管が拡張します。
β-エンドルフィンは鎮痛効果や幸福感を得られる作用があり、ヨガをすることによって体内のβ-エンドルフィンレベルが上昇することを当サイトで紹介しています。β-エンドルフィンはNK細胞を活性化することが多くの科学論文で報告されていますが、前述の笑いによるNK細胞レベルの上昇はβ-エンドルフィンが関わっているという報告はなく、その因果関係についてはまだ明らかではありません。
成長ホルモン
成長ホルモン(GH)は代謝に重要な役割を持つ因子ですが免疫機能の調節にも関わります。関節リウマチ患者に対する笑いによる血清GH、インスリン様成長因子-1(IGF-1)のレベルを評価した日本医科大学の研究では、落語を聴いた後、リウマチ患者の高かった血清GHレベルは対照グループレベルまで低下し、血清IGF-1レベルは対照グループよりもリウマチ患者グループの方が低いことが示されました。
このように笑いの介入はプラスの効果を示す報告が多い一方、ランダム化比較試験での参加人数が少なく、またユーモアのセンスは個人や社会、文化によって大きく異なる、研究で使用した笑いの介入方法が均一ではない、個人によっては適切でないという要素も否めず一般的に決定的でないなどの理由から、実証のためにはさらなるアプローチが必要です。
療養生活で多く笑うための工夫
笑いは自分にとって楽しいことや面白いことの感情を表現する生理機能の一つです。従って、ストレスの対処法(コーピング)として笑いを療養生活に取り入れることは比較的容易で安価です。
ここで紹介した臨床試験で、参加者へ笑いの介入として使用していた内容はコメディ映画、笑いヨガ、落語、漫才、ピエロ、ストーリーテリング、演劇、ダンス、人形劇、音楽等でした。この例を参考にする場合、コメディ映画や落語、漫才、音楽は例えばラジオやテレビ番組、動画配信サービス等で視聴できますし、演劇、ダンス、人形劇などは劇場や遊園地、テーマパーク等で楽しむことによってアクセスできます。
笑いヨガについては1人でも実践可能ですが、笑いヨガの特徴として面白いことがなくても自発的に笑うことを求められるため、グループセッションに参加して他の参加者と交流しながら慣れていくこともよいかもしれません。ただし、笑いヨガは運動を伴いますので、治療中での体調の変化や手術後の可動域の変化なども考慮に入れて、担当医と相談の上で取り入れるとよいでしょう。
他の参加者と笑いを共有する点では、患者会や患者サロンに参加するのもよいでしょう。笑いは感情を管理したり、恥ずかしさを隠したり、他の人と連帯感を深めたり、励ましたりするために使用されます。冗談を言うことで困難な状況を緩和し、日々を明るくすることができます。
前述のとおり、ユーモアのセンスは個人や社会、文化によって大きく異なりますので様々なのですが、ご自身に合った笑いの方法を数多く見つけて、もしストレスによっていつの間にか笑うことが減ってしまっていたならば笑いの回数を戻し、増やしていくようにしていきましょう。
みんなのコメント広場
あなたのセルフケア方法をお聞かせください。
あなたのセルフケア方法を共有しませんか? きっと、ほかのがん患者さんやご家族にとっても役立つヒントになることでしょう。以下のフォームにご記入いただくと、このページにあなたのセルフケア方法が紹介されます。
Q:あなたが心がけている笑いの取り入れ方をお聞かせください。
※セルフケア方法に商品・サービスを利用された場合は、その商品名・サービス名と、ご利用した感想をお聞かせください。
- お名前はニックネームをご記入ください。
- 個人情報の取り扱いについては、プライバシーポリシーをご覧ください。
- ご利用前に、コメント欄利用規約をご確認ください。
コメント