がんの告知後は、何故自分はがんになってしまったのかと、これまでの食習慣や生活習慣から原因を探ったり、またこれからの治療費用や仕事を続けられるか等生活の変化について、さらには治療の副作用や再発について不安になったり、過去や未来のことを色々と考えてしまいがちです。このような思考と感覚は大切な療養生活の時間を多くとられてしまうばかりでなく、自らストレスを大きくし自分を追い込んでしまう要因にもなりかねません。そのようなストレスを対処するひとつの方法として、今に意識を向けた状態を維持する “マインドフルネス”があります。がん患者さんの治療に伴う精神的・身体的ストレスに対してマインドフルネスの介入の価値を支持する科学論文が2000年代から増えてきました。ここでは論文で報告されたがんに関連する各症状に対する効果と、実践手段などについて紹介します。
臨床分野でのマインドフルネス
マインドフルネスは仏教やヒンドゥー教などの瞑想の実践で、呼吸を整えながら“今”に意識を集中させ、判断を伴わずにその状態を維持する瞑想方法です1, 2, 3)。マインドフルネスを介して過去や未来のことや感情にとらわれない時間を設け、頭の中で反復している不安なことは事実ではなく、ストレスに対して自らが創り上げたものと気づくことを学びます4)。マインドフルネスは補完療法としての治療オプションです。そのためマインドフルネスのトレーニングプログラムは症状自体に焦点をあてるのではなく、症状に対処する能力を養うことを目的とします2, 5)。
臨床分野へはJon Kabat-Zinnが宗教的概念はなく医学的見地から考案したマインドフルネスストレス低減法(MBSR)が慢性疼痛をはじめとする様々な臨床状態の患者に対し1970年代に最初に導入されました6)。マインドフルネスベースのプログラムはMBSRと認知療法を併用するMBCTがあります。MBSRは足のつま先から頭に向け身体の感覚を一つずつ感じ取っていくボディスキャン、静坐をしながら行う瞑想や、歩きやヨガなど体を動かしながら行う瞑想などが構成要素として含まれます。MBCTはMBSRに認知療法を併用したもので、元々うつ病の改善を目的として開発されました7)。
がんに対する補完療法は感情のストレスをコントロールするためにリラクゼーション療法、バイオフィードバック、ヨガ、芸術療法、音楽療法、太極拳を含む運動などが取り入れられていますが8)、瞑想をベースとするマインドフルネスも、がんの補完療法として取り入られており、MBSRやMBCTだけではなく的確に適用するためにそれらのプログラムを変更することが推奨されています9)。
ヨガ、音楽療法の効果や実践方法について当サイトで紹介していますので、そちらもご覧ください。
マインドフルネスの介入によるがん患者への臨床効果
MBSRはマインドフルネスに関わるがん研究の中で最も使用されています。治療中のマインドフルネスの介入により、不安や精神的苦痛の軽減、生活の質の向上などのほか、心的外傷後成長の向上が数多く報告されており4,10)、ストレスに対する心理的適応に有意な効果を示します。
以下に、報告された臨床試験の一例を紹介します。
不安
- 前立腺がん患者43人を対象としたパイロットランダム化比較試験では、8週間のMBSRトレーニングプログラムを受けた24人はトレーニングを受けなかった対照群19人と比較して不安や不確実性の不耐性が大きく減少し、つらい経験から立ち直る心的外傷後成長(PTG)についても対照群と比べて有意に増加しました11)。
- 治療を完了した乳がん生存者の心理的、身体的ストレスに対するMBSRの効果について調べたランダム化比較試験では、6週間のトレーニングプログラムを実施した参加者155人はプログラム終了直後、通常のケア167人と比較して心理的(うつ病、不安、ストレス、再発の恐れ)と身体的症状(倦怠感と痛み)に大幅な改善が見られ、6週間後でもその効果は維持されていました12)。
- 効果の持続性に関しては、7件の臨床研究をまとめた分析では、マインドフルネスの介入を受けたがん患者469人は介入を受けなかった419人と比較し、介入後12週間以内までは効果的に緩和した一方で、12週間以上は改善が見られなかったことを報告しています13)。
生活の質(QOL)
- 女性乳がんと婦人科がんの生存者46人を対象とした20週間の瞑想的自己治癒プログラムの研究結果ではQOLを大幅に改善し、苦痛や障害に効果があることを示唆しました14)。
- がん生存者のQOLを改善するための効果的な薬に依らない介入を特定するため、2017年5月まで21件のレビューをまとめた報告では、運動(ヨガ)認知行動療法とMBSRの両方がメリットを示しました15)。
痛み
- 乳がん治療後の129人の女性に対し、8週間のMBCTプログラムの介入による痛みの強さあるいは痛みの負担について、介入前、介入後、3か月後及び6か月後で評価したランダム化比較試験では、痛みの強さについて統計的に有意な差と継続的な効果を示しました16)。
倦怠感
- 中程度から重度の倦怠感のある乳がんと結腸直腸がん患者71人に対しMBSR介入(35人)と倦怠感の教育とサポート(36人)をランダムに振り分け、倦怠感の関連症状である認知機能を評価した試験では、8週間の介入後と6カ月後で大幅な改善が認められました17)。
悪液質
- 治療中に悪液質の症状を示したがん患者53人について、心理学者と栄養士による介入を交互に行うマインドフルネスに基づくワークショップに参加するグループと通常のサポートのグループにランダムに分けた試験では、ワークショップに参加したグループの体重増加に有意な差を示したことに加え、倦怠感や消化器疾患の緩和なども見られました18)。
睡眠障害
- ステージ0~IIIの乳がん生存者79人に対しMBSRによる睡眠への効果を評価するため、6週間のMBSRプログラムあるいは通常ケアに分けたランダム化比較試験では、MBSRプログラムに登録した参加者は睡眠効率(睡眠時間の割合)や目覚める数に改善が見られました19)。
- 一方、同じ乳がん患者に対する睡眠への影響を調べた別のランダム化比較試験では、睡眠効率に有意な改善は見られなかったものの、睡眠の質に関しては大幅な改善が認められました20)。
- MBSRが不眠症に対する治療のための認知行動療法に劣らないことが不眠症の症状のあるがん患者を対象にした試験で報告されています21)。
マインドフルネスの免疫系への効果
がん患者へのマインドフルネスの介入は炎症性サイトカインの減少や、細胞性免疫機能の増加が報告されていて22)、神経系や免疫系に関わる生理的変化にも有意な効果を示します。炎症性サイトカインは体内で炎症が発生すると免疫機能を高めるために働く重要な因子ですが、長く存在し続けると慢性疾患など身体機能の低下を引き起こします。
以下に、報告された臨床試験の一例を紹介します。
炎症性サイトカインレベルの減少
- MBSRによる炎症性サイトカイン産生の変化に焦点をあてた1980年から2016年9月までの13件を解析した報告では、MBSR の介入を受けたがん患者グループの炎症性サイトカインの1つであるIL-6レベルは非介入のグループに比べ減少していたことを示しています23)。
- 乳がん患者49人と前立腺がん患者10人に対する別の試験では、MBSR介入により炎症性サイトカインの年間を通じた減少を支持していました24)。
- 50歳前の早期乳がん患者71人を対象とした別の試験でもマインドフルネス介入3か月後の評価で、苦痛や侵入的思考、再発の恐れの軽減、睡眠障害やほてり/寝汗の改善の他、IL-6 レベルの減少が見られました25)。
- 化学療法を受けなかった早期乳がん患者はサイトカインIL-4、IL-6、IL-10の産生と血漿コルチゾールレベルの上昇に伴う末梢血中のNK細胞の活性とIFN-γ産生の低下がMBSRを介した患者群は時間とともに徐々に回復することを示しました26)。
免疫機能の増加
- 乳がん治療を完了した患者166人をMBSR介入と非介入に分けたランダム化比較試験では、MBSR介入患者はうつ病、苦痛、症状の負担、メンタルヘルスの大幅な改善や心的外傷後成長の促進に加え、NK細胞の増加を示しました27)。
マインドフルネスの神経系への効果
マインドフルネスは神経に作用する物質の産生に影響を及ぼすことも分かってきました。神経系に関連する物質としてコルチゾールやオキシトシンが挙げられます。コルチゾールは睡眠リズムに重要な役割を持ち、またストレスにも関わる主要なホルモンです。コルチゾールは唾液中にも存在し、その分泌量は1日のうち朝が最も多く、昼から夕方、夜にかけて徐々に少なくなります。長期間ストレスがかかる状態になると、その勾配は平らに変化します。ストレスに抵抗している状態では一日中高いレベルで維持されますが、さらに強いストレスを受けたり、感染症などになると一転低いレベルのままになります。オキシトシンは落ち着きや幸福感などに関連のある神経ペプチドホルモンです。
唾液中コルチゾールやオキシトシンの分泌パターンについて、マインドフルネス介入による影響を調べた臨床研究が報告されています。以下にその一例を紹介します。
コルチゾール
- ステージI~IIIの乳がん患者271人に対するランダム化比較試験では、マインドフルネス介入のグループは唾液中にあるコルチゾールの勾配を維持していた一方で、非介入のグループは勾配が見られず平らのままでした28)。
- 直腸結腸がん患者57人を対象とした化学療法中のマインドフルネス介入の効果を調べた試験では、マインドフルネス介入グループの唾液中コルチゾールレベルは非介入のグループの約2倍を示しました。これはがん患者に一般的にみられるコルチゾール分泌の鈍化を減らすことができることを示唆しています29)。
オキシトシン
- 自己申告で睡眠障害のあるがん生存者30人を対象にマインドフルネスの効果を評価した探索的研究では、マインドフルネス(マインドボディブリッジング)介入グループの唾液中オキシトシンレベルは睡眠衛生教育グループに比べ有意に大きく、睡眠障害についても大幅な減少が観察されました30)。
マインドフルネスの実践方法
このようにがん治療中や治療後のマインドフルネスの介入は不安やうつ症状の軽減、睡眠障害の改善など補完療法としての有効性が示唆された一方で、一部のレビューではサンプルサイズが小さい、短期間の追跡調査、試験間にばらつきがあるなど臨床的有効性を結論付けるにはさらなる実証試験が必要との見解があります。
マインドフルネスは症状自体に焦点をあてたものではなく、対処するための方法の一つであることから、それらを理解したうえで実践すべきものと考えられます。多くの臨床試験ではマインドフルネス・ストレス低減法やマインドフルネス認知療法が採用され、6~8週間のトレーニングが行われます。
マインドフルネスは基本ひとりで時と場所を選ばずに行えることが特徴です。始めは“今”に集中することに難しさを感じる事もあるかもしれませんが、繰り返すことで徐々に習得できます。国内では心療内科や精神科のクリニックや診療科で週に数回、グループ単位などで行われています。最近はオンラインレッスンやアプリを利用するようになりました。以下に一例を紹介します。
※動きのある瞑想など一部のマインドフルネスには治療に伴う体調の変化や術後の可動域の変化により実践が困難な場合もありますので、マインドフルネスを行う前には担当医等医療従事者と相談の上、実践することが良いでしょう。
慶応義塾大学ストレス研究センターのホームページでは、初めてでも実践できるプログラムを動画と音声で紹介しています。
慶応義塾大学ストレス研究センター
東京マインドフルセンター、MBSR研究会、インターナショナルマインドフルネスセンター、マインドフルCARE®が主催するプログラムでは、いずれも講師資格のある指導者から指導を受けながらプログラムを進めることができます。詳しくは各施設のホームページをご覧ください。
- 東京マインドフルセンター
- MBSR研究会
- インターナショナルマインドフルネスセンター
- マインドフルCARE®
MBSRの詳細についてはJon Kabat-Zinn著による以下の書籍が出版されていますので、ご参考にしてください。
また、日本におけるマインドフルネスの第一人者で、NHKスペシャル等で実践方法を紹介されていた熊野宏昭博士著の書籍では、MBSRプログラム中の静坐瞑想(集中瞑想と観察瞑想)の開設と実践方法が紹介されています。