音楽は私たちの生活の様々なシーンに寄り添います。音楽を聴く、歌う、演奏する、作曲する等の音楽体験の一部は記憶に刻まれ、それが呼び起こされることでその時の感情や場面が甦ります。例えば楽しかった思い出の曲を歌ったり、自分の好みに合う曲や楽器を何度も聴いたり、奏でたりする経験もあることでしょう。がん治療ではそのような音楽体験を利用した音楽療法をはじめとする音楽の介入が治療をサポートする目的として臨床分野で活用され、これまで多くの臨床試験でも音楽の介入によってがん患者さんの不安を軽減する効果があることなどが示されています。療養生活では、抗がん剤等による副作用に対処するためリラックスすることを心がけますが、いくつかの情報提供サイトでは、そのリラックス方法のひとつとして音楽を挙げています。ここでは、音楽の介入によるがん患者さんへの効果や療養生活での音楽の取り入れ方について、臨床試験の結果や論文等を踏まえて紹介します。
音楽療法とは
音楽療法は医療や教育、日常の環境の中で個人やグループ、家族、コミュニティの身体的、精神的健康に対処するために音楽体験を利用します。臨床分野では1950年代から始まり、現在は世界の多くの医療現場に取り入れられています。音楽の介入は音楽を聴くことを医療従事者が提供するプロセスと、認定された音楽療法士が体系的な治療プロセスの中で実施する音楽療法があります。音楽療法士は患者の強みとニーズを評価し、専門的に音楽介入を選択できるように学術的、臨床的に訓練されています。世界音楽療法連盟に所属する専門家メンバーによる世界的調査では、音楽療法士は主にメンタルヘルスの環境、学校、老人施設、および個人の診療所で活躍しています。音楽療法は患者のニーズや好み、音楽療法士の評価に基づいて、さまざまなオプションから選択されます。音楽療法の介入には能動的と受動的の2つの要素があります。能動的音楽療法は参加者が音楽を学ぶあるいは作る(即興、創作、作曲)こと、受動的な音楽療法では、参加者が音楽を聴くことにあたります。
音楽とがん治療との関係
音楽療法は治療中のさまざまな病期の患者のがん治療をサポートする方法で、個々の患者だけでなく患者グループでも実践されています。患者は音楽的表現と音楽的経験から利益を得るという考えは、音楽療法の研究によって支えられてきました。米国統合腫瘍学会(SIO:Society for Integrative Oncology)統合医療に関する臨床実践ガイドラインでは、音楽療法は不安/ストレスの軽減やうつ病/気分障害に対して推奨されます。がん治療では音楽療法は身体的、感情的、認知的、社会的なさまざまなニーズに対処するために使用されることが示されています。米国では大規模ながんセンターのほとんどの統合医療プログラムで使用される主要な治療ツールとして実施されています。
音楽療法は、患者が否定的な感情に対処するのを助けるだけではなく、様々な方法で患者が利益を得るためにも使用できます。音楽療法は実際には病気自体に影響を与えませんが、音楽は気分に大きな影響を与え、時には患者の病気への対処方法や感じ方を変える可能性があります。曲を演奏する、作曲するなどの能動的音楽療法では自己表現の機会を提供し、前向きな体験を得ることができます。楽器演奏の即興ではコミュニケーションと自己表現を改善することができます。患者自身が作曲やリズム等の設定に役割を果たすため、楽器を演奏することでコントロール感を高めることができます。グループ音楽療法に参加すると、孤立ではなくなり、強力な社会的および感情的な絆が生まれ、結果として全体的に良い感情が生まれます。
音楽の介入は、患者の症状と治療の副作用を軽減するために使用されています。化学療法や放射線療法を受けながら録音音楽を聴くことは、治療によって引き起こされる不快感を取り除き、対処するのに役立ちます。がん治療における音楽療法は、疾患およびがん治療の副作用から生じる生理学的および心理的ニーズの両方に焦点を当てています。音楽療法によるがん治療プログラムとしての例は、音楽を使った漸進的筋弛緩法やイメージ療法などが挙げられます。
音楽の介入によるがん治療への効果に関する臨床試験
がん患者を対象とした音楽の介入による主に不安やうつ、痛み、心拍数、血圧、生活の質(QOL)に対する効果について、これまで海外の臨床試験で報告されています。
不安やうつ
根治的乳房切除術後の乳がん患者170人を対象とした音楽療法と進行性筋弛緩トレーニングの効果を調べたランダム化無作為化試験では、うつ病や不安、入院期間を減らすことができるとしています。また、乳がん患者120人を対象としたランダム化比較対照デザインでは、根治的乳房切除術の前日と退院する前日、化学療法のための2回目と3回目の入院時の不安について調べたところ、音楽介入グループの方が対照グループよりも有意に低いことを示しました。
痛み
根治的乳房切除術後の乳がん患者120人に対する臨床試験では、音楽療法が痛みの緩和に短期的および長期的の両方のプラスの効果をもたらすことが示されています。
血圧
乳房切除術を受けた30人のがん患者に対して術前、術中、術後の期間を通じて継続的に提供される音楽療法の介入により、介入がなかった患者と比較して、術前期間から退院時まで、MAP(平均動脈圧)と不安が大きく減少し、痛みが少なかったことを報告しています。
生活の質(QOL)など
音楽介入に関するすべてのランダム化および準ランダム化比較試験を含めた2016年1月までのすべてのデータベースを検索し解析したレビューでは、音楽療法が成人と小児がん患者の不安、痛み、疲労、QOLに有益な影響を与える可能性があることを示しました。 さらに音楽は心拍数、呼吸数、血圧にもわずかな影響を与える可能性を示しました。1,548人のがん患者を評価した19件の試験レビューでは、音楽療法は1〜2か月の介入期間に標準治療と比較して全体的な生活の質を改善することができ、さらに不安、うつ病、痛みに対し効果的であることがわかりました。
以上のように音楽の介入により不安やうつ、疼痛、QOLに対し有益な効果を示したという報告がある一方で、以下のようにうつや疼痛、QOLには影響がなかった結果も報告されています。
合計1891人のがん患者が参加した30件の臨床試験をまとめた解析では、音楽療法士によって提供される音楽療法あるいは医療従事者によって提供される音楽の介入ががん患者の不安に有益な効果をもたらす可能性があり、気分にプラスの影響を与えることやQOL、心拍数、呼吸レート、血圧、中程度の痛みに対する音楽療法の有益な効果を示唆した一方で、うつ病に対するサポート、疲労や身体状態の改善を示す証拠は見つかりませんでした。
また、40件の研究をレビューした報告では、不安とうつ病のより大きな減少が乳がん患者で観察された一方で、入院患者を含む音楽の介入は、QOLにはあまり効果がありませんでした。
放射線治療中と終了時の患者63人に対し、音楽療法士が提供する音楽の介入の有効性を調査したところ、自己選択した音楽を聴いた患者は不安と治療関連の苦痛が少なかったものの、経過に伴いこれらの結果は減少しました。しかし、1週間に音楽の回数を増やすと苦痛が大きく減少しました。一方でうつ病、疲労感、痛みは音楽療法の影響をそれほど受けず、身体症状については影響を受けませんでした。
放射線療法中の39〜80歳の骨盤または腹部の悪性腫瘍男性患者42人に欧州癌研究治療機構のQOLに関するアンケートを実施したところ、期間中に不安のレベルを緩和したことを示唆する結果は得られませんでしたが、事後分析では、不安スコアに変化の傾向がみられ、音楽療法の潜在的な利点が示唆されました。 さらに乳がん患者の化学療法中に音楽を聴くことの生活の質に対する効果をテストした試験では、音楽的介入はQOLのあらゆる側面の変化と関連はしていませんでした。しかし、 45歳以上の患者は、音楽的介入後に不眠症と食欲不振のスコアが改善したことから、音楽効果は患者の年齢と有意に相互作用しました。
このように、がん治療における音楽の介入による支持的な効果の評価については、試験結果にばらつきが見られます。レビューを実施した報告には、ほとんどの試験はバイアスのリスクが高いため、これらの結果は注意して解釈する必要があると指摘されていて、効果をさらに決定するためには、質の高い試験の蓄積がこれからも必要です。
実践のためのポイント
音楽療法では、患者のニーズや好みと音楽療法士等の専門的な判断を組み合わせることでさまざまなオプションから選択され実践されます。前述の米国統合腫瘍学会の統合医療に関する臨床実践ガイドラインでは、新たに診断された乳がん患者のうつ病/気分障害を改善するには、受動的音楽療法を推奨しています。臨床現場で受動的音楽療法を安全かつ効果的に実施することにより、がんの医療を受けることに伴う短期的な不安を軽減できることが述べられています。
国内での音楽療法の実践は病院、施設等で行われていますが、対象者や実施診療科ががん治療中の患者当てはまらないところがあるため、担当医あるいは医療従事者、がん相談支援センター等に問い合わせてみることも良いでしょう。
音楽療法以外にも受動的な音楽の介入を取り入れることはできます。臨床現場での医療従事者からの提供例として、病院の待合室や診察室にBGMを流す、ロビーでコンサートが行われる等が挙げられ、個人としては、自分の好きな録音音楽を聴くことなどが挙げられるでしょう。録音音楽を聴くことは臨床現場以外でも治療の副作用を軽減するためにリラックスを得るセルフケア方法として、国立がん研究センターのがん情報サービスをはじめ情報提供サイト等で提案されています。
また、患者さんとそのご家族は能動的あるいは受動的にライブコンサートに参加する機会もあります。そこではリラックスした雰囲気を作り出し、快適さのレベルを向上させ、感情を表現することができます。
歌うことも不安やうつ病を軽減する、前向きな気持ちを高めるなどの効果があります。 がんサバイバーとその介護者30人の3か月間の合唱に参加した前後の生活の質(QoL)を評価したパイロット研究では、不安や抑うつが減少する傾向や生活の質に改善が見られました。がん患者の世話をしている成人62人に対し、合唱団に毎週12回の参加を選択した33人は、通常の生活を選択した29人に比べうつ病の変化は見られなかった一方で、不安が大幅に減少し、幸福度が大幅に増加しました。また、1回1時間のグループ歌唱に参加したがん患者や介護者を含む参加者の唾液サンプルではストレスホルモンの一種であるコルチゾールレベルの低下や免疫応答に関わるサイトカインの増加を示しました。
音楽を伴う運動(ダンス等)も、ポジティブな思考と健康感を生み出す方法にもなりえます。
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