こころのサポート

バーチャルリアリティ(VR)によるがん治療とセルフケアへの活用

こころのサポート

公開日:2020年11月7日

更新日:2023年9月20日

仮想現実(VR)の利用はゲームや音楽映像にとどまらず、仕事や日常生活でも触れる機会が増えてきています。がん治療でも治療中の不安や痛みに対する気晴らしやリハビリテーション、治療内容を正しく理解するための教材として有用とする実証が積み上げられています。さらに療養生活ではストレスに対処するための実践方法としてヨガや運動、音楽、マインドフルネス瞑想などの新しい手段として活用が大いに期待できます。ここでは、これまでの臨床試験の結果を踏まえたVRの活用事例や今後の展望について具体的に紹介します。


VRとは

バーチャルリアリティ(VR)は仮想現実という意味で、専用のヘッドマウントディスプレイ(HMD)かそれに類するゴーグルをかけると目の前にコンピューターで生成された映像が現れ、あたかも自分がその空間の中に入り込んでいるかのような感覚が得られます。VRは視覚的に密閉された環境のため、仮想空間に没入するだけでなく、両手でコントローラーを操作することから双方向性の特長を持ちあわせます。VRではCG画面や360°カメラで撮影した映像を人の視界の方向に合わせて映し出すことが可能なため、動画鑑賞やゲームなどをより臨場感のある空間で楽しめ、さらには大容量高速データ通信5Gを対応させることにより、ライブでのコンサートやスポーツ観戦を多視点で視聴することが可能になりました。

がん治療でのVRの活用事例

VRはこのようなエンターテインメントの用途以外にも観光、ファッション、建築、不動産など、幅広いジャンルで応用されています。医療・介護分野でも遠隔手術やリハビリテーションなどにVRの可用性が拡大しつつあります。がん治療では概念実証として静脈穿刺、外科的手術、化学療法に対する痛みや不安、リハビリテーション、治療への理解向上などで臨床試験結果が積み上げられています。以下にその一例を紹介します。

穿刺に対する痛みや不安

VRを使用することで病院の治療室の視界と音を遮断できる特徴を利用して、がん関連の痛みや不安、うつなどストレスにうまく対処できない患者さんに対し気晴らしコーピングとして提供されます

特に医療処置を受けている子供や青年の痛みをコントロールするために有望視されています。 例えば、腫瘍学的または血液学的疾患の小児と青年の患者15人に2日間で「VRなし」と「VRあり」の静脈穿刺を実施したところ、VRありの患者は「痛みについて考えるのに費やした時間」、「痛みの不快感」、「最悪の痛み」について大幅に減少することを報告しました。

また、化学療法で抗がん剤の投与に皮下埋め込み型静脈アクセスポートを必要とする7~9歳のアメリカの小児がん患者を対象とした試験でも、VRを使用した子供には痛みと不安の軽減が見られました。

末梢静脈カニューレでも6~17歳の小児がん患者188人を対象とした香港のランダム化比較試験で、VRの気晴らし介入を受けた子供は標準治療のみの対象グループと比較して痛みと不安の軽減が見られました。

また、腰椎穿刺(LP)が必要な青年のがん患者30人に対し17人にVRを介入させたところ、77%の割合でVRが気をそらすのに役に立ったとの回答が得られました。

外科的手術による不安

非メラノーマ皮膚がん患者に対する試験では、皮膚がん組織層を除去するためのモース手術後に10分間のVR体験を実施したところ、不安関連の改善傾向が見られました。

化学療法の精神的苦痛

化学療法でもVRを利用すると苦痛が軽減することが示されています。10〜17歳の白血病またはリンパ腫患者が外来化学療法中にVRを使用した場合、症状の苦痛の改善を報告しました。この所見は18〜55歳の成人女性乳癌患者がVR介入を使用した場合でも同様に化学療法治療後の苦痛と疲労は大幅に低下しました。

また50歳以上の女性患者16人が参加した化学療法中のVR使用による影響の評価では、化学療法完了後48時間の時点で苦痛に改善傾向が見られました。

VRと既存の補完療法を比較した試験も報告されています。化学療法を受けているイタリアの乳がん患者をVRグループ30人、音楽療法グループ30人、対照グループ34人に分けて化学療法中の心理的苦痛に対するそれぞれの効果を評価したところ、VRと音楽療法の両グループが不安を軽減し、気分状態を改善するための有用な介入であることを示唆されました。特にVRは音楽療法に比べ不安やうつ病、倦怠感の軽減に効果的であるようでした。

リハビリテーション

VRは治療後の自宅でのリハビリテーションとして提供される可能性があります。バーチャルリアリティを利用したリハビリテーションの報告として、HMDやゴーグルを使用するVRとは異なりますが、モニター画面上のプレーヤーが自分のアバターとして仮想環境でエクササイズをする意味で同義のニンテンドーWii Fitによるリハビリテーションが心臓発作や脳性小児まひの患者などに対し運動機能の回復に有用である事を報告しています。

がん患者においてもニンテンドーWiiFitを利用したリハビリテーションの効果が報告されています。胸郭切開後の非小細胞肺癌(NSCLC)患者7人に対しニンテンドーWii FitPlusを使用したリハビリテーションでは、がん関連の疲労感が介入開始から終了までの期間に改善され、さらに60分間連続して歩行することに対し、自分でできるという自己効力感も大幅に改善されました。

また60歳以上の血液悪性腫瘍の入院患者16人がニンテンドーWiiFitを使用して化学療法の開始から退院まで、1日1回20分間、週5回のVR運動を実行したところ、完了した9人に片足立ち時間やひざ進展強度など身体機能が改善した他、不安やうつ病が軽減したことが報告されています。

治療への理解向上

患者さんが治療を学ぶためにVRを利用する可能性もあります。治療に対し事前にVRによって体験できることで治療内容を理解し、前向きに望めることが実証されています。

乳がん患者をVRグループ19人と対照グループ18人に分け、VRグループには放射線療法の固定化、計画および治療についてVRで詳しく説明する教育セッションを、対象グループは標準的な放射線療法前教育パッケージを実施したところ、VRグループの放射線療法に関する知識スコアは対照グループよりもよりも統計的に有意に高かったという結果が示されました。

また別の試験では、放射線治療開始日の約1〜2日前に治療計画について仮想の線形加速器で再生したアニメーションをVRで表示したところ、参加した患者43人中32人は放射線療法ががん治療にどのように使用されるかについての理解が深まったことに「強く同意」しました。放射線治療が不安と回答した21人のうち12人がVRセッションは放射線治療を受けることへの不安を軽減するのに役立ったと述べました。

骨盤に照射する重粒子線がん治療(EBRT)の技術的側面の概要を示すビデオを360度VRで7人の患者に対しシミュレーションしたところ、治療プロセス、特に治療の空間的、音響的側面の理解の向上と患者の不安を軽減する可能性があることが確認されました。

このようにVRはがん治療に伴うストレスに対して考える時間を減らす、不安や痛みを軽減されるなど気晴らしのための新しい手段になる可能性があります。しかし、これまで実施された試験は参加人数が少なくサンプルサイズが小さいことや、骨髄吸引を必要とする患者さんについてはVRの効果は認められなかったとの報告もあり、VRの効果を特定するためにはさらにランダム化比較試験などによる質の高い結果の蓄積が必要です。またVRが痛みなどのストレスをどのように軽減するかについてのメカニズムは明らかでないため、今後の研究が待たれます。

療養生活のための展望

運動

VRは医療分野でも様々な可能性が広がる新しいテクノロジーです。前述のニンテンドーのWiiFitは脳性小児まひのような重度の身体的障碍があっても楽しくリハビリテーションを続けられることから、新しいリハビリテーションの形を提案しています。WiiFitはヨガ、筋力トレーニング、エアロビクスなどのアクティビティをゲーム感覚で病院、住居、高齢者向け介護施設など様々な場所や状況で使用できます。

ヨガや筋力トレーニング、ウォーキングなどの運動療法は身体機能の改善だけではなく心理的にもストレスコーピングの手段になり得ることを当サイトでも紹介しています。運動をしたいけれど、運動が苦手で気が向かない、インフルエンザや新型コロナなどのウイルス感染が心配で外出が難しいなどの状況がある中では、WiiFitのような商用ゲーム機器などは比較的簡単にアクセスしやすい手段です。

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周囲の環境から閉ざされるゴーグル型のHMDは運動をするには不向きですが、軽量化が進みホロレンズ、さらにはコンタクトレンズの開発が進んでいる現状から、今後は自宅でヨガインストラクターのVR映像から個人レッスンを受ける日が来るかもしれません。

音楽

音楽療法等、音楽を療養生活に取り入れることもストレスコーピングとして役立つことを当サイトで紹介していますが、お気に入りのアーティストのコンサートや演奏を臨場感のある映像をVRで楽しむこともよいでしょう。

マインドフルネス瞑想

VRは没入感を得られやすいことから、マインドフルネス瞑想をサポートする新しい媒体として関心が高まりつつあります。がん患者さんに対するマインドフルネスの効果について当サイトで紹介していますが、がん患者さんを対象としたVRによるマインドフルネスを評価した臨床試験の報告はまだ見当たりません。

一方で国際マインドフルネス学会に参加した44名を対象とした予備的な小規模試験では、VRを使用しても悲しみや怒り、不安が大幅に減少し、リラックスしたことが報告されています。また情動調整不全患者を対象とした予備的な小規模試験でも不安、うつ病、感情調節の困難などについて有意な改善を示しました。

これらの試験で使用されたVRは山景の川をゆっくり流れるCG映像でしたが、今後は自分の好きな場所を選んで瞑想できるようなプログラムが開発されていくかもしれません。

VR利用で気を付けたい事

VRはがんの療養生活においても楽しみながらストレスに対処する新たな手段として可能性があります。一方、HMDは視点を合わせるときに頭ごと回すことがあるため、人によっては“VR酔い”などを経験することがあります。またWiiFitなどを利用する運動についても、無理をせず体調に合わせて実施することが肝要です。利用には事前に担当医師をはじめ医療従事者と相談することが良いでしょう。

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